時評 (平成17年10月18日−11月29日)



 10月18日(火)、小泉首相の靖国参拝にまたぞろアジア公害国のヒステリー発作爆発の様相です。 特に「神舟」なる米露の何番煎じか判らない全コピー型ロケット打上げで自国民を騙すのに成功していたチャイニーズ北京集団の脳挫傷振りーーー「祝賀ムードを台無しにされた、謝罪せよ」には世界中が失笑を通り越して吐き気を催しております(その開発費は日本のODAの恩恵を少なからず蒙っている事実を棚に上げて、と)。
 出来の悪い息子が何かの間違いで到底合格する筈の無い入学試験に合格した、さあ馬鹿一家全員でお祝いだ、とその時に隣の家がお墓参りに行ったのが許せない、という訳です。 ヤクザでさえ敢えて口に出すのを憚るような強請り文句であり、日本は隣国にヤクザ以下の構成員で溢れた常任理事大国を抱えている証明です。
 筆者に言わせれば、伝統ある靖国例大祭に被せて有害ロケットを発射した北京政府こそ日本と靖国神社に謝るべき(これは某掲示板に先日書き込んだ一文の再録です)と存じますが、皆様は如何ですか。

 10月21日(金)、首相の靖国参拝に対し、結局北京は一声キャンセルと吠えて外相会談を中止した位で、マスコミが騒いでいたような「経済制裁」ーーー日本は左程影響はなくともチャイナには大打撃になるーーーや「反日キャンペーン」のヤラセ暴動は全く陰を潜めております。 逆に日本大使館前で抗議文を読み上げようとした「愛国」メンバーは間髪を入れず大使館警護の国家警察によって拘束されました。 ある意味で、北京は自国民に靖国参拝を出来れば隠して置きたい、国家主席が何度抗議をしようが小泉首相には通用しなかった事実を知られたくないのかもしれません。
 御存知のようにチャイナのエネルギー事情は極めて逼迫しており(資源欲しさに東シナ海を形振り構わず掘り返している事からも)、余りに低い資源効率を改善しない限り世界中から石油を掻き集めても忽ち工業廃棄物と化す(備蓄に充てる分も残らない)水準で、それを省エネ効率化出来る技術協力は日本に依存するしかないという背に腹は替えられぬ状況なのです。 チャイニーズ特有の自己肥大意識からして、これは切磋扼腕ものの痛恨極まる格差でありましょう。
 更に加えて、年間引き起こされる農民・労働者の争議・暴動が10万件以上を数えるに至っており、反日デモを許可すればその矛先が北京特権集団や就中(なかんずく)胡錦濤本人に向けられる恐怖から、上海や北京市ではあらゆる抗議デモを必死に封じ込めているのが推察されます。 熾烈な権力闘争を経て国家主席の地位に上り詰めるのが習わしの独裁国家においては、自らの政権が足元から掬われる危険と表裏一体なので(前任者の江沢民も合法性に疑いのあるルートを伝って就任した上、再起を諦めていない)、党全体が自国民を全く信用しておりません。
 来月予定されているブッシュ大統領の訪中、2008年の北京五輪、2010年の上海万博など、国際的地位を固めるべきイベントが目白押しのチャイナとしては、治安と防疫(エイズの爆発的流行・鳥や家畜のウィルス禍が深刻)対策上からも日本との関係良好を維持せざるを得ない、完全に我が国優位のバランス構成へとシフトしているのです。

 10月24日(月)、経団連の奥田碩会長と財界首脳が去る9月30日に北京を訪問し、胡錦濤主席と会談していた事が1ヵ月近く後になって分った、と各紙で一斉に報じられております(本当に発見できなかったのだとしたら最早マスコミなど存在価値が無い)。 既に次の会長にキャノンの御手洗氏が就任と決まっている状況での北京詣では何を意味するのでしょうか。 同じ週に2度呼付けた胡錦濤と、直ちに馳せ参じる奥田会長の並々ならぬ親密振り、尋常ならぬ物がその中にある様です。 
 小泉首相の靖国参拝直前であった事、最後の御奉公として可成りの手土産を持参したのが想像される事などから、政治問題に絡む交渉にまで踏み入れた、言わば越権行為に相当する国際収支があったと見るのが妥当です。 奥田氏は日本においては靖国参拝に賛同しておりますが、北京では逆の意見を表明し兼ねない人物なのは御存知の通りで「参拝問題は話題に上らなかった」「首相からメッセージを託されたのでは絶対ない」「特に変わった話はなかった」「両国の経済関係を楽観的に見ている」「(胡錦濤とは)プライベートな付き合いがあって今回の会談が生まれた」ーーー記者会見談話の悉くがダウトに聞こえます。
 地元愛知の下請け労働者より搾り取った利益を、惜しみなくチャイナ投資に注ぎ込んできたトヨタの前最高責任者奥田氏は、チャイナ側から見れば葱を背負って貢ぎに来る正に鴨であるに違いない。 無論日本の首相や外相と会うのを拒絶する胡錦濤も、奥田氏やアジア開発銀行総裁の黒田東彦氏といった日本国民から巻上げた金をせっせとチャイナに搬送する宅配係を進んで出迎える、というポリシーはお持ちなのです。 独裁国家の首領とプライベートな付き合いを公言する男が、最大の影響力を持つ我が国財界の第一人者とは、国民の一人として余り気持ちの良いものではありません。

 10月25日(火)、1989年チベット自治区党書記だった胡錦濤は、パンチェン・ラマの不審な急死を弔う葬儀を取仕切った後、2月末〜3月に毎年行なわれるチベット最大の宗教行事である「大祈祷」の中止命令を出し、抗議に押寄せた信者や巡礼者の群れに発砲を命じました。 その死者はおよそ700人と見積もられ、更に大規模な抗議デモが湧き起こる中チベット全土に戒厳令を布いて人民警察と自治管区軍を総動員し徹底的な弾圧を加えた(虐殺の犠牲者と獄中で死亡した者を併せれば恐らく数十万人に上る)、その最高責任者が今の国家主席という訳です。 
 1989年と言えばあの天安門事件が直後の6月4日に起こった記念の年ですが、ある意味チベット国民の抵抗運動に呼応した(波及した)学生達の抗議行動だった解釈も成り立ちます。 この自発的抗議もまた人民軍が戦車でデモ隊を轢き潰すという大虐殺によって終結させられたのは御承知の通りです。 現在の北京中南海に君臨する党指導部は多くの民族の血に塗れた凶悪犯の団体と申上げても過言ではないのであります。
 もしわが国の重要な地位にある人物が、イラクのフセイン大統領とプライベートで懇意な仲であれば大問題になる所でしょう、しかし(クルド民族を弾圧した)フセインより遙かに残虐な桁の違う殺戮数を誇る胡錦濤と個人的に仲良くするのが問題にならないのは納得できません。 なぜ同等かそれ以下の独裁政権にマスコミはかくもダブルスタンダードで欺瞞的な姿勢を取るのでありましょうか。

 10月26日(水)、「ホワイトバンド」なる奇妙なゴム製の腕輪を目にされた事がおありでしょうか。 「ほっとけない、世界のまずしさ」と銘打ってコンビニやネットやイベント会場で販売されている代物で、貧困に喘ぐ国々への義捐金を募っているのかと思いきや、「募金ではありません、意思表示です」と胸を張って澄んだ目で宣まうのです。 つまり定価300円のバンドを身に着ける事で「ワタシは慈善行為で社会参加している」とアピ−ル出来る小道具なのが売りらしい。 しかも売上げからは肝心の貧しいアフリカの子供達(イメージに利用されている)へは分配されず、胡散臭いNPO団体の活動資金に早変わりする仕組みなのです。
 有数のタレントやミュージシャンが広告塔として活動していることが、発売後1ヶ月で140万個出荷され4億2千万円の売上げを生んだのだと思われます、そしてこの種の安っぽい小物を作らせたら世界一のあの国が生産するmade in chinaブランドであり、内訳2億8千万がチャイナと流通業者に、8千万が事務局に流れたと言われます。
 賛同団体としてピースボート・ピースウィンズ・社民党が並んでいるのを見れば、案の定出たな妖怪・・・の感頻りで、メイドインチャイナの癖にぼったくり価格の代金は日本赤軍や北朝鮮傘下の市民団体の資金源と化しているのです。 生物化学兵器・核兵器開発とテロ活動のための資金です、行き着く最終到達地点は。
 オウムのパソコン商売などの例に見るように、反社会組織は手を変え品を変え善良な国民からお金を騙し取る方法を企て、正体が発覚するまでの期間に或る程度の成功を収めて行くのです。 日本人はこれらNPO詐欺に対して油断を怠ってはなりません。

 11月1日(火)、東証は既にお知らせした(『時評』6月21日)様に、自ら東証へ上場するプロジェクトを押し進めておりますが、今日前場のシステム障害が上場前に起こった奇禍を寧ろ僥倖として胸を撫で下ろしているのではないでしょうか。 
 これが上場後の事故であったならば直ちに(経営側への要求が多い村上氏譲りの)株主から東証会長の西村氏と社長の鶴島氏の引責辞任、及びシステム担当常務の天野氏と執行役員全員の解任(損害賠償をちらつかせた)を要求されたに違いないからです。
 上場計画はまだ日程を詰める段階にまで至っておらず、乗り越えるべき手続きが繁文縟礼の状態にある限りは、一度改めて計画自体を見直す雰囲気が生まれ、その線での検討もやり易くなったとは筆者の推察ですが、遠からず監査役などに更改の動きが現われると見ております。

 11月2日(水)、御馴染みFRBの公開市場委員会FOMCは11月1日またもや金利の誘導目標を0.25%引き上げ、昨年6月以来12回連続の利上げによって年4.0%(公定歩合年5.0%)にこれで到達した訳です。 恐らく年内にもう一度利上げが敢行されるのは確実で、インフレを警戒すると称しながら国債・為替投機筋に無際限の利益を誘導して行くその実態は明白であります。
 ハリケーンの被害復旧に多額の融資を必要とするこの時期において債務者の金利負担を重くする金融政策は、他の先進国であれば反社会的として猛烈な批判を受ける所ですが、合衆国の場合被害者の多くに有利子援助を行なう必要が無いーーー端(はな)から貧困層には返済も金利納付も無理だと分かっているので復興の主体は財団による慈善活動に丸投げーーー従って財団群に富をより集中させる事が、延いては被害地域の復興を早めるという発想なのです。
 結局その根本的な発想の違いが拠って来たる原因とは、合衆国が均一した国民国家と言うよりは国内に(無産貧困単位で形成された)植民地を所有する特権者帝国である事に尽きると申せましょう。 社会主義政権が国民全体を飢餓に追い込むのに対し、有力企業とその株主をバックアップする国家は貧困人民を肥満化するほどの飽食社会を生むのであり、アメリカ人はその原理を本能的に会得しているのです。

 11月11日(金)、一週間の地方版を纏め読みして驚いたのは、酸化チタン精製廃液を再利用した石原産業製の埋材フェロシルトが流出した経路の問題を連日トップで取上げ、殊に「放射性物質」を大文字におどろおどろしく危険性を煽って地元市民を極論へ誘導する、まるで取憑かれた様な中日新聞の報道姿勢です。
 リンク先にある通り、あらゆる物質は放射能を微量に含むので自然放射線測定の誤差内に留まっているフェルシロト規模の放射線量が地球上において健康被害を来した例は歴史を繙いても見当らないのです。 すべては特定新聞社の意図に沿ったーーー正義感を勘違いした上での純粋真っ直ぐな主張とは言い難いーーー政治的悪意と(民主党敗北への)憂さ晴らしで塗り固めた「企業悪」宣伝の大判振舞いに尽きるものです。
 過去の亡霊が甦ったのではないかと錯覚させるマスコミ体質の旧態依然さは、四日市公害がニュースの過熱度においてピークにあった或る夏の日に自分の父が記者の取材に応じた際の経験に思いを馳せるのを禁じ得ません。
 父の店に入って来たその記者は、開口一番「コンビナートを全面廃止する段取りについて何か要望が・・・」と始めたそうです。 父は四日市を公害の代名詞に仕立て上げた新聞の過剰報道を苦々しく思っておりましたので、堂々と「君達が騒ぎ過ぎるので却って我々は迷惑している」そう言い渡したのを最後まで聞き終わらず、「あゝ、もう結構です」と言い捨て礼も述べずにさっさと表へ出て行ったと筆者に後年語ってくれました。 この時父はマスコミというメディアの本質、始めに記事の色目付けを確定させた後その路線に従った証言をする「市民」を探し出す(いなければ作り上げる)のが記者の仕事だという本質を悟ったのでありましょう。
 「公害」と言えば次のリンクにおいて、隣の大陸国が人類の限界にまで挑戦しているのを垣間見ることが出来ます。 空気や水は勿論、大陸全土で収穫される農作物・畜産物・魚介類のすべてが有毒(有害レベルではなく)一色に染まる実態を目の当りにすれば、日本の公害など水俣病でさえ良心的な事件に思えて来る、しかも充分に自浄能力があり自由にやりたい放題の抗議行動を起こせる国に住む有難さを感じるのです。

 11月17日(木)、昨15日、米上院銀行委員会がFRB次期議長に指名されたバーナンキ氏(現・大統領経済諮問委員長)の指名承認公聴会を開き、氏のマニフェストになっているインフレ目標構想を含め対面の質疑応答を行ないました。
 その場においてバーナンキ氏は、FRBが好ましい物価上昇率を明示する事で金融政策上の透明性が向上し、物価安定が実現されると持論を誇らしげに展開させ、議長就任後の采配に意欲を示した
 言うまでも無く米国議会がインフレハンターとしてバーナンキ氏を位置づけ、常に目標値をオーバーシュートし兼ねないインフレ政策に必須の金融引締めを果断に行なう能力を重視しているのに対し、長スパンのデフレに耐え抜いた日本のバーナンキ派(本当にいるらしい)はデフレ再燃を阻止する応用に氏の理論を導入させたいのです。
 わが国のデフレが始まったのは1991年ですが、その年以降を実際の経過とは逆に年1%乃至2%のインフレが継続したと仮定して現在の物価水準との乖離を弾き出し、それをインフレのターゲットに設定し格差を少しづつ縮めて行く(想定では2010年で到達)、これをリフレ期間と定義します。 指標達成後も中央銀行の「実績と意欲」でインフレ目標が自動継続されゼロ金利から実質利下げとなるので景気に好影響を与える、まるで日本の為に考えられた理論だと言わんばかりなのですが、果たして手放しで肯定して良いものでしょうか。 

 11月18日(金)、中央銀行である日銀が物価水準目標達成を目指して(役人の習性で)一層努力するならば、国民はデフレからインフレ期待へと心理的な転換を来すーーー日本の長期停滞の原因である(デフレ期待裡の)実質金利の高止まりが解消され総需要を刺激するというのがバーナンキ派の論理です。 
 それと呼応するかの様に、日銀が(FRBとは対照に)量的緩和政策を解除すべく理事間の総意固めに入っている中で、内閣府は解除が時期尚早である旨の通達を行なっております。 日銀は消費者物価がプラスに転じた段階で緩和政策を終了させる意向だったのですが、内閣府はGDPデフレーター(消費者だけでなく企業の設備投資や原料輸入価格を含めて算出する)のプラス転換を解除の必要条件に挙げているのです。
 量的緩和を継続させる事によって内閣府が得る利点は多いと見受けられます。 @景気的には無論縮小より成長の方が望ましい A税収増大を前提に予算が組める B国債を始め財政赤字の金利負担が軽減される ーーー従って金融緩和を維持しつつ適正インフレに誘導する事は、現政権の財政政策上譲るべからざる基本線なのであります。
 しかし資産面に限って言えば大都市圏は既に相当のインフレが進行しており、一種の余剰金融にある資金量が不動産市場や債権・株式市場に流れ、平均株価の今年27%の上昇を齎した「金融緩和の成果」は結実済みであると言えます。 もしこの上昇率を以て増税の基準と判断するなら内閣府は舵取りを誤るでしょう。 

 11月21日(月)、「社会にとって望ましいインフレ率」が何パーセント程度なのかは幾分曖昧な問題であり、ゼロ金利で尚且つデフレという最悪の事態を漸く脱した立場から見れば、マイナスでさえ無ければハイパーでも何でも良い心境かも知れません。 しかしインフレのリスク例ーーー従来余りにも大袈裟に語られていた憾みありーーーが持つ不確実性はインフレ率の高さに比例する事が時代区分で判明しており、金利の強制上げや所得格差急増といった負の影響を回避するためには「インフレ率を極力低く押えるのが望ましい」なる合意が成り立っている様です。
 となるとバーナンキ型の1〜2%目標が最善の数字に当然指名される訳ですが、その手段を考えた場合、誤射なく着弾する事が必須の条件となります。 何故なら日銀主導のインフレ政策とは紙幣の増刷に尽きるからであり、国債買い切りオペレーションがその紙幣を流通(マネーサプライ)させる第一線的手段である以上、通貨増大の上限をどう算出するのか定式が確率されていなければプロジェクトを始動させるなど以ての外であり、世界の何処を探しても(通貨でインフレ率をコントロール出来る)スーパー処方箋は発見されていない、それどころか買い切りで金融機関に供給した紙幣が市中に出回るタイムラグを計っている間に本物のインフレが出現する危険性があるのです。
 しかし内閣府は日銀法を改正して日銀が株式や不動産投資にまで踏み込む事を可能にする、更なる通貨増大政策に打って出る構想が浮かび上がっております。 その背景には(増税とワンセットになった)量的緩和解除の阻止という財政赤字を一挙に解決させたい内閣府のインフレへの一日千秋の思いがある事は間違いありません。 

 11月22日(火)、昨日記入の「通貨ではインフレ率をコントロール出来ない」についてメールを頂いております、「ドイツのレンテンマルクが1923年にハイパーインフレを収束させたのは通貨政策によるものでは」と。 厳密に申上げれば、レンテンマルクは農工業の土地と資産を担保に発行された不換紙幣であって(正貨保証のある)法定通貨とは異なる、インフレを追認して1兆分の1デノミを行なった限りにおいて元の1マルク相当の価値を回復する見込みは無くなっているので、国民の保有する現金資産価値は1兆分の1に消失したまま、損失補填の余力など当時のドイツ政府には無かったのです。 筆者はマルクが下落し切ったタイミングと偶々合致してそれ以上底を抜けずに済んだのではないかと疑っております。 現にワイマール共和国の失業率がその後も急増し続けたのは歴史の証言です。
 国債買い切りオペに話を戻しますが、政府発行の国債を日銀が買い取り、その分の紙幣を金融機関に支払う形で預ける(日銀預金)、銀行や国債ファンド会社・年金生保等の機関投資家がその(短期金融)資金を貸し出しや投資に全額振り向けるなら景況活性化に繋がるというのが内閣府の描いている図式であります。 しかしながら限りなくゼロに近い金利は短期市場の資金の流れを滞らせーーー投資リスクやリターンが割を食う/年金・保険は慢性的運用難から抜け出せない/コール市場が機能していないーーー要は全体的な資金需要がまだ健全ではない段階にあるのが障壁となって、景気回復に地域格差・企業序列格差が生じている訳です。
 中央銀行が国債を自分で買い取るーーーつまり蛸が己れの足を食う構図は筆者が『挑戦者の主張 #14 』で指摘した米FRBだけの独占物ではなかった様です、しかも米政府はFRBに国富を抜き取られながらも米国債の世界市場での売上げから少なからぬ国庫収入を確保し得ているのに対し、日本政府は日銀が国債を買い切る過程や金融保険機構が次の新国債設定を引受ける過程において無論利益を前提とせず(寧ろ逆鞘)、海外市場に押し付けて買い取らせる政治力において遠く及ばない、支出と金利負担を強いるばかりの財政赤字要因なのです。

 11月25日(金)、「国債買い切りオペ」は、銀行に資金が滞留する時間と分量が余りにも多く、マネーサプライとして実効を挙げないまま1995年の38兆円が2003年には68兆円まで日銀券は増大し、ドル紙幣発行額を抜く勢いで供給量を伸ばしたにも関わらず、通貨価値を(人工的に)押し下げてインフレを起動させるには至りませんでした。 (その主たる原因をなす)郵貯や耐火金庫で冬眠している個人貯蓄を、使わずに置けば置くほど価値が目減りする危機感を国民に抱かせ、消費増大に成功すれば内閣府は予ねて思惑通りに物価をコントロール出来る筈だったのですが、数字は志と異なる動きに終始して本年度は通貨発行の伸び率も減少傾向にあります。
 国債のみでは効果が薄いとなれば、日銀法を改正して(前述の)日銀が株式や不動産を直接購入するーーーイングランド銀行が配下のマーチャントバンクを通じて行なっている様なーーー直接投資で斑無く経済成長を促す必要性、少なくとも国債市場からETF(指数連動型投信)やREIT(不動産投信)へ資金をシフトさせる必要性を訴える声が高まっているのです。
 取りも直さずそれは日銀が投資リスクを自ら背負ってーーー売買に参加する以上は損失を抱えた場合の責任を明確化して置かねばらないーーー年金・保険の資金運用に相当する業務を開始する事を意味します。 所で機関投資家として年金や生保の運用部門の投資スキルたるや如何に御粗末であるかは読者諸賢には周知の既成事実なのですが、日銀内の人材に年金官僚を凌ぐディーラー兼トレーダーを抱え得るはずもなく、外資系ディーラーや「タワー投資顧問」「村上ファンド」ら国内デリバティブマスターから見れば飛んで火に入る夏の虫であり、反対売買で運用資産を掻っ攫うなど赤子の手を捻る様なものでしょう。 
 世界で5本の指に入る不確定商品である株式・不動産を、あらゆる意味で決断力に最も乏しい日銀がーーー資金を小出し小出しに投入するやり方でーーー手掛けた所で結果は見えている、加うるに、先天的なインフレ恐怖症体質を抱える日銀にインフレ目的で仕手役の本尊を仰せ付けるのは、能力外な過大負荷を課す以外の何物でもありません。 日銀は飽くまで己れの背丈に合致したミニマム単位の金利操作と調査統計、或いは危機における特融等の業務で社会的役割を全うすべきなのです。

 11月29日(火)、仮に、収拾など問題にせず紙幣を無際限に増刷しながら、買いの応酬で日銀が株や不動産価格を更に吊り上げた場合ーーーそこまでやるなら逆に喝采致しますがーーー思い通りGDPインフレを発動させ得る、或いはインフレ指数を設定値に合せてコントロールする事が出来るのでしょうか。 
 大量の株や土地が日銀に買上げられてお蔵入りとなる事態は、経済全体の活性化を遠ざける如何にも拙い資産の偏在であり、それを戻すために安価で再び市場へ放出するーーー謂わば通貨を水増ししながら回転商いの様に循環させれば国内総生産が上方修正されて行くというのも有り得る計算です。 
 但しその過程で生まれる市場経済の混乱を、国民が静観して(マスコミに煽られること無く)乱高下が収まるまで待機すべきを条件とせねば成り立ちません。 国民の忍耐力を試みる横着な企てなら場所柄を弁えろという声が挙がるのは避けられないでしょう。 国債(買い切りは金利高を防ぐ目的もある)とは反対に、株や土地を国が大量に保有し続ける事により金利を上昇させるので、1万5000円近くまで回復した株式市場から再び投資金が流出し始め、反動で保有株が急に放出された所で外資に買い叩かれるのは決して杞憂な未来図ではないのです。
 一方、国債の市場的価値は(株式・不動産にシフトした)日銀商いの急激な減少によって下落し、更にプレミアムが課せられる追討ちも加わって日本自体が格付け的にOECD最下層のランクに定着する、それは(デフレどころではない)遙かに深刻な状態を意味し、通貨防衛政策の必要から金利上昇に拍車が掛かりデフォルト(債務不履行)が現実となり兼ねない悪魔の選択と申上げる所存です。 
 問題なのは、一部超優良企業を除いては国内産業の体力が初期インフレにさえ適応し得ず、まして非正規雇用者と年金生活者へは致命的打撃を与える収入減となり、買っていた国債ファンドも含み損となってて八方塞がりーーーインフレに対する国民的意識は期待よりもまだ抵抗感が強いという事実で、それを財政当局は一身に帯びて(何事も自腹を切る心構えで)政策を熟考して頂きたいのであります。







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