わがころも
露にぬれ穂に出づる頃か男鹿鳴く荻の下折れ風もたまらず
居らぬ間に露ぞ置き頻くわが庵は夜すがら苫のうたてほどなき
幡揺らぐ音無き風ぞ吹きつらしな散りそ雲ゐ春の残り香
畳なづく青垣深み山垣に果てもさやけし白妙の
あしびきの尾上の松のながき枝に
言問はず山鳥の尾すそ引きもせでながながし夜を臥し侘びぬとは
足引きの
山城を打ち出でてみれば隙もなし囲み向かへに
白妙の幾代か袖の消ぬが上に藤波かざせ田子の浦風
寝てもみむ駿河は富士の嶺を高み時しらずこそ雪も霞めれ
下紅葉ぬるれば虫の音も疎きけふ奥山に鹿のみぞ鳴く
落ち葉枕く
時じくの香久の木の實ぞ色まさる鹿ふみわくる黄葉のみかは
うち
ふりにける老いやしぬると嘆かまし今朝置く霜の白きを見れば
橋姫の片敷く月など隠れなん影より先に更けぬものゆゑ
みればえに見ぬも隈なし秋の夜をわれから送る月の船かも
天の原ゆさし渡したる月読みのひかり御笠に
住みわびし人を
ゆかりもあれ誰がたつ峰か大比叡に世を丑寅の門は閉ぢぬと
人や言はむ老い待つ庵は杖足らず
昔思ふ花のさかりをつかの間も見つと答へむ有りて無き世に
色はうつれ名殘にぞまた還り来む幾春暮れて賤のをだまき
君の許とはに変はらぬ面影を秘すれば花とながめせしかな
帰るさの花も散りしく別れより尽きせぬ春にあふ坂の関
鳰のうみ澄みてよる波四つの
葦田鶴も汐満ち来ぬとわたの原かけて鳴くなる沖つ島山
とがならで隠岐に
早乙女が袖ふる小田か天ざかる鄙も雲居に匂ふ上風
花や時をとめや年に馴れぬべきなほ移ろひの関は閉ぢつつ
しのべただ夢路に風のおとろへて通はぬ姿とどめ置くとも
瀧つ瀬の巖根さかまくみなの川もとすゑ千代にたけき筑波嶺
筑波路をこのもかのもに分け入りて九夜十日吾妻戀しき
五月雨のつもれる淵もみなの川いとはや
われならで乱れやそむる誰をかもあはれ信夫の奥のにしきは
身に過ぎて名も果てぬれどしのぶ草つひの世継ぎが野辺へぞ送る
忍ばじな乱るる思ひを断ち切らむ我なりてしも頼むなよゆめ
うちつけに雪を名残りと尋ね来ば萌え出づる芽も春の八千草
衣手をうち払ひしか我れ知らずうつろふ雪間に若菜摘みつつ
時しあらば新桑まゆのいと延べて御けし織り待つ君が行幸を
千代や経ん去なば得にしも君がため七たび生ふると思ひ来す間に
錦木を立つる千束か梓弓いなばの峰も常磐にてまつ
水隠れし底ひ
くれなゐの月吹き返す木枯しよ神代も聞かぬと神へ告げこせ
にしき裁つ山姫垣は
夢路のみ越すとや見らむ住の江のよるさへ人目よくるかたなみ
凪にいそぐ真帆や釣り舟漕ぎてしも沖より岸を浪のよるよる
与謝の海へだてな置きそ満ち干さへ松が枝繁きあまのかよひ路
夕ま暮たびにしあれば難波潟
葭あしのかたこそなけれ懲りずまに過ぎがて世々も憂けくつらけく
ふして思ひ起きてや仰ぐ星月夜逢はで此の世のなには形見ぞ
なれきつる袖に波枕く住吉の濱松が枝に逢ふと告げまし
難波津や浮き寝いざなふ澪標こころ盡くして思ひ置くかな
朽ち果てよ恨みわぶとも水脈標いま将おなじ浪路絶えなば
待ちてこそ出づべかりつれ有明の見れどあかぬと言ひしばかりは
頼め来し長月の夜も閉ぢはてぬされど待つ身のあたら東雲
出づる方も寝待ちが床ぞ
山姫が
吹きてしもうら無きことの葉返さましむべと散りせば残らぬものを
稲穂垂る風の
わが身のみ昔ながらの月をなど見てしも悲し秋は秋とて
えこそ悲しとも千々にのみ物思はざれ
千木高き外の重にもるる月かげを我が身ひとつの秋と愛でめや
あなかしこ神を手向けの木綿かけて賢木に雪の幣と散り交ふ
待ちあぐね逸る手綱の取りもあへずままよ漫ろに雲雀毛の駒
白木綿を幾しほ染めし五十鈴川あまねき神路の山のたもとに
鹿の音を稀にこそ聞けさねかづら
問はなくに
さねかづら月を待ち兼ね山里に寝ぬ夜みじかきほととぎす
わが君ぞよろづ代かけて常磐なるさこそ
世をそむく心あらずや憂きにのみ暮れしをぐらの峰も移ろへ
朝倉や入る山の端の近ければすゑつもみぢ葉月待ち取らむ
人ぞ知る湧く井のあたり迷はねどいづくもわかぬ戀の源
堰入りて思ひもわかぬ泉川いつ都びと龍に問はまし
澤深く瀧つ眞しぶき水脈を追ひて言祝ぎ祈る時は
夕さりに通ふ人目のかれもあへず都を出づる
深山路や人目を離れて草枕結ぶも解けし夢の名残りは
山里は冬ごもりけり年暮れて人げなき世を雪ぞ隔つる
たく柴の折らばや燻る朝じめりなに鳴きまどふ雨間たつ鴫
心あてにかきやりてまし水茎の思ひまどへる跡なむ愛しき
しら菊を籬の秋のかたみにて香をだに移す今朝の初霜
待たで聞くゆふつけ鳥の寝覚めより明けまくも憂きは通ひ路の月
時鳥いたくな鳴きそ有明のつらき別れと聞かれましかば
明けとだにゆめ思ひきや來ぬ夜半をつれなき空に頼み果てねど
雪を重みまたや折らまし類へずはふる
山の端もとほき朝明のたよりまで月な隠れそ名残り比べに
散り果てぬ花も限りと見るまでに今朝は匂へるみ吉野の空
遣りみづの
うつる色の花もたまらぬ立枝かな香をだに残せ袖ふれぬとも
しがらみと卯木垣根に見えつるは俄かに花の盛りなりけり
知られねば散らで已みなむ久方のひかり得て花春ぞのどけき
それながら床しら人を見まく欲り光消えがてに更けまくも惜し
こころなくしづのをだまき散る花をわけてや
高砂のこたへぬ松に風渡り知るや昔のたれ友ならむ
峰に生ふるをちかた松の友なきに振れる上つ枝眺めやらまし
高砂や八十をふるの友ならで誰をか松の老いと知りにき
ふるさとの花のたよりをききしより匂ふ香までもなつかしきかな
ちるを惜しむ心もしらずちる花は今ぞ昔と咲きにほひけむ
梅ごよみ人はいさとてわれぞ知る世にふる里の咲ける咲かざる
皐月やみ更け待ち顔に起き臥して二十日わたりの君をば見まし
水無月夜凪ぎて涼しき淵の上にかき曇り来てふりみふらずみ
夢のはや夜半も過ぎにし影をうすみ曇りな閉ぢそわが片へ月
數へ敢へぬ氷の露やこぼるらん袖に玉纏く
たまゆらの露を置きしく芭蕉葉は秋の色だに貫き留めず
つらぬきやとめむ小舟を浮き橋に白波たぐふ宇治の玉敷
惜しまるるいのちは捨つ誓はずば身の疎しらに罪もこそ得れ
とひ来かし夜々の験しを契りとて夢だに尽きぬわが思ひかは
忘れずよ名告り兼ねてや露の間の人に命の仲は絶ゆれど
おぼつかなあひ見し夢も
うきふしの小夜に露置く篠原やしのびな敢へそただ恋しきは
余す身をなどか忍ばむをがたまの消えせぬ方にあかなくも添へ
今は誰かかる色にぞ出でにけるわれには告げよいざすみやかに
天が下隠れもあへぬ汝れとわれ共に思はばなに憚らめ
花のほかに色は移れど君ならぬ一夜の契りよも
投げし身のそぞろ浮きだに名も立たじ深くは思へ淵と知りせば
なびくはど疎まれしかば恋すてふ我れいく頻りうたて訪ふまで
忘れ水つぶさに春の東風をぬくみまだき雨間も解くる下陰
薫き初めつかたみに袖をすゑひろや慣らす扇も千代の松風
かへりきな心ゆかしの年こえねさまで雁が音つら乱れしを
駒なづむとのへの宵も越さじとは契りあやにく身をや待たれぬ
さは似たりなほ隔つるを知りぬらめいかで叶はばえくらぶべき哉
身を削る恋と知りつつまたもわれ身命賭して相わたるらむ
出で立たむ思ひあまりて八重むぐら道行く果てぞふたごころなき
灰神楽ひとをも
あふはいかに恨みなくばの名残りさへ絶えも侘ぶべき老いの行末
遠つかた霞み敢へずはなかなかに余りて花の散ると見ましや
若えびす所得なくはいたづらに構へてや急く射手となりぬる
あはれ添ふしのに木霊はかへらねどこころの洞を過ぐる松風
思ほえよ苦も数ならで待つ妹背いづれ稀なる身をあはれとは
道絶えば氷のくさび解けまくもあたら寝刃を研ぐ岩清水
潮泊まり恋の船路に先立たむ波の行方ぞかつ砕くると
舫ふ霧に由良の
夏過ぎて枝なほしげき杣道の迷へる門に黙す秋霧
十重二十重すゑこそ別けね八重むぐら人のよそなる秋は来ぬめり
恋死なね牡鹿な鳴きそ小夜すがら秋こそ名をれ露もたまらず
沖つ風波に打たれて岩根松くだくも白洲吹くおのれかな
垣守らで月ぞさやかに
百敷のとのへを渡る昼はかすみ焚く火にならふ夜半の宮人
敷島の 大和島根を 徒となす つはもの共が わたつ海 四方の直路を 越え来るか われこそ立ため 葦原の 瑞穂の国を 屠らせぬ 八十島守りぞ くれなゐの ちしほのまふり 血潮もて いや継ぎ継ぎと 満ち来れば あひ頼もしき 丈夫ら 引けども打たむ 君がため 君の邊にこそ 死なめばと 惜しくはあらじ かげろふの 命も知らず 緋に染むる 言挙げしもの 神のまにまに
反歌
わたつ海四方の直路に染むちしほ満ちてし引かば君をか守らむ
君がため永久に惜しまじ我が命ふた心あらば山も裂けなむ
契りこそ我が身に尽きね鴛鴦の惜しむや永き命と思はで
春まだき惜ら雪消に朽ちしより萌ゆる命のなほ數添へむ