本歌 かくとだにえやはいぶきのさしも草さしもしらじなもゆる思ひを
雪がてにえやは
さしも草さしも不知火なぞもかく思はでおどろが下に燃ゆらん
草隠れ忍び舞ふ夜を名のれともえやは伊吹の不破の関守
本歌 あけぬれば暮るるものとしりながらなほうらめしき朝ぼらけかな
暮れぬ間はもどかしとのみ明けばなほ寝ずや待ちつる徒ぞ由々しき
うつる影の入りにし山か朝ぼらけ月に栞のあとな残しそ
朝霞いく重とばりの明けやらでひねもす臥さむ袖のうらみは
本歌 嘆きつつ独りぬる夜の明くるまはいかに久しきものとかはしる
惜しまずや夜明くるまでの独り寝をいかに幽けき露とも知らで
ひとりいかに夢を枕と契りけむ袖かあらぬか
涙川嘆きな入りそ絶えぬまはさかみづくとてゑひも痴るらむ
本歌 忘れじのゆくすゑまではかたければ今日をかぎりのいのちともがな
予ねて
知りぬべき行末までは形見草なびくばかりの人づてもがな
いのちかはむべ去り難き忘れじの名さへうつろふ常ならぬ身を
本歌 滝の音は絶えてひさしくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ
矢筈がけ
うき名立つ嵯峨は有栖の川淀に紛れて人を問ふ霧もがな
天つ神すゑこそ知らね君が名のさらで聞こゆる御代ぞ久しき
本歌 あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびのあふこともがな
出でざらむ月よりほかの
思ひ出づる天つ空だに秋霧の立たずもがなと雁の過ぎしを
時あたかも西の小車世にありて轍消えぬ間あふことはだれ
本歌 めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲がくれにし夜半の月かな
頂きへ夜半を分かつと月やは置く見しやそれとも雲のまにまに
日かず経て仲を疎めば邂逅にいつともわかぬ面影ぞ添ふ
見しやいかに夢より先は霞みつつめぐり逢ふ夜の有明の月
本歌 有馬山ゐなの笹原風ふけばいでそよ人を忘れやはする
笛竹のそよとしもなく吹きちらしあはれ幾夜に音をやなくらん
もれ出づる
匂はねどいで笹原に東風吹くは忘れぬ方の春や知るてふ
本歌 やすらはで寝なましものをさ夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな
群れ立ちて月を肴に
寝もやらでかたぶくままに月は見し涙なくしてなほ曇るかな
頼めおくと言ひしものから憂き身なれやすらはでこそ消えなましかば
本歌 おほえ山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立
遠ならでふみだに見ずはあらまうきいく世か経ぬる天の橋立
天の河逢ふ瀬の数やまさらまし星のくらゐのなほ隔てずば
道もあれや葎おほへる大江山汝が予ねごとの一文字にして
本歌 いにしへの奈良の都の八重桜けふここのへににほひぬるかな
八重櫻むかしに霞む平城山に忍びもあへず雉子鳴くなり
あをによし奈良の都はふりぬるを花のみ匂へ大宮人無み
大和路や吉野の奥こそにほひしか色添ふ月毛ぞ
本歌 夜をこめて鳥のそら音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ
似た鳥の呼ばふ
さざ波や春も関越す
ゆるさじと
本歌 今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな
淺き身の知れずもがなと思ゆれどなほ世迷へる形見置くかな
ならばよしかからましきも取り敢へでさをこそあらめなべてあやにく
人も知れ君ぞわが主もろ戀の絶えなば後の世こそ絶えぬれ
本歌 朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀬々の網代木
去る年の夏、御屏風に冬霧立つ宇治川の網代守る船を見て詠める
網代守り越すともわかぬ霧の色に舟かげ宿す宇治の夕波
方丈の枯山水画に歌たてまつりける時
淵を浅みかるる霧間のおのづからあらはれそむる瀬々の埋れ木
交野のみかり場さし鷹狩り行くとて宇治川の渡りに
朝戸出に霧を
本歌 うらみわび干さぬ袖だにあるものを恋にくちなむ名こそをしけれ
うらみとけぬ燃ゆる
本歌 もろともにあはれと思へ山ざくら花よりほかに知る人もなし
櫻木や圓居にもるる夕日影はなよりほかの吹雪やはある
思ふどち花の宴を去り難み唯このもとに假寢せまほし
あはれ知る人待つ花のなきにしもなど山ざくらさのみ戀ひしき
本歌 春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなくたたむ名こそをしけれ
春の夜の夢かとぞ思ふ逢瀬もがな覚むれば去なむ手枕さへも
うたかたの夢もかひなく消え果てぬ名こそ立たねど春の夜のあと
あたら夜の夢と契りしうす衣かほる一重に枕やはせし
本歌 心にもあらで憂き世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな
あらぬ方へ惜しまぬいのち
恋ひ死なば世にや残らむ心さへ予ねてうき身の甲斐なからまし
目もあはで寝こそ待ちつれ憂きながら偲ぶこころを夜半の月かげ
本歌 あらしふくみむろの山のもみぢばは竜田の川の錦なりけり
いろを籠めて流れも敢へぬから衣そでをあざむく瀬々のしがらみ
唐にしき折りしく波も立田川八十隈ごとに散らぬ葉ぞなき
神奈備の三室の山に手向けせし
本歌 さびしさに宿を立ち出でてながむればいづくも同じ秋の夕暮
鶉鳴くなへに深草夏を送り風立ちまさる野邊の夕暮
侘びてなほいづくもわかぬ身とならば寂しからまし秋の宿りに
いづくとてな侘び吾妹子よしゑやし往ぬれ還らねな寂び吾妹子
本歌 夕されば門田の稲葉おとづれて芦のまろ屋に秋風ぞふく
稲葉敷く刈田をよぎる牝葦毛の
散り敢へぬかり穂に置きし露だにもいなば惜しげの秋風ぞ吹く
秋されば端山が裾に渡らひてふく萱刈らむ待たぬあらしに
本歌 音にきくたかしの浜のあだ波はかけじや袖のぬれもこそすれ
かけまくもかしこからまじ浪の端ぬれて
ふたばより相生ひこそすれ本をあらみ波も高師の浦や袖ふる
忍び敢へぬ夕べは待たじ那古の海秋の風立つ音もこそ聞け
高砂の尾上ならでや山ざくら
あづさ弓晴れしやよひの花の色に雲か霞か添はずもあらなむ
花とのみ嶺の霞を先立てば雲をかぎりの我が身ならまし
かき暮れつ身ぞふりにける小夜しぐれ濡れじな落葉にうかぬものゆゑ
小初瀬や尾上もりくる鐘のおとに入日うち添へいのる諸びと
契りおくさせもが
初しぐれ照る日残さば真葛原うら葉が露も風を香籠めに
なほすさべ秋のはたてにいのちありて
本歌 わたの原こぎいでてみれば久方の雲ゐにまがふ沖つ白波
わたの原漕ぎてほど
誰が禊ぎいさしら波にまがへても八十宇治川の名をぞとどむる
ひさかたの雲ゐこそ出づれ天の河あひ見ん星も風を頼みて
本歌 瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ
ふり止まで堰くもうたかた瀬をはやみ結べば消ゆる身とな嘆きそ
大堰川ひかむとぞ思ふ御座船のすゑに鳴る滝糸を調べに
本歌 淡路島かよふ千鳥の鳴く声に幾夜ねざめぬ須磨の関守
有馬山あはぢの空に傾きて雲間をわくる雁や幾
名告るともいかで越ゆらむ須磨のせき荒波けぶる千鳥誰が子ぞ
小夜あらし関こそ守らね波の上に月やは通ふ淡路島山
本歌 秋風にたなびく雲の絶えまよりもれ出づる月の影のさやけさ
通ひ路も疾く待ちわぶる影を無み雲間やあらぬ身こそ絶ゆれば
秋風の掃はぬ雲になれなれてかつ漏る月の影のさやけさ
望月の果てはさやかに照らすとも秋をや敷きけむ影ぞあやなき
本歌 長からむ心もしらず黒髪のみだれてけさは物をこそ思へ
わらはべの振分け髪もかた縒りて春に萌黄の乱れこそ知れ
長かれと祷る睦びを逆茂木もとどめ敢へねば結ふ九十九髪
浅みどり色こそ春の柳なれあだはなびかじ風の浮き名に
本歌 ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞのこれる
月閉ぢぬ惜ら照らしそ元つ方君が面影とはに返さむ
しののめを初ほととぎす聞き迷ひ入るさの声音追ふもはかなし
残らずは宵と見てましほととぎす沈める月に鳴かぬ
本歌 思ひわびさてもいのちはあるものを憂きにたへぬは涙なりけり
ささぬ戸をさても出で湯は有馬山わきて無明の涙こそ洗へ
音はすれど庭堰き入れし主やなき懸け樋のひまも絶えぬ閼伽水
本歌 世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
ねにぞ鳴くあかつきかけて射ゆ
世の中は似るとしもなく奥山のあやなき闇路をなど迷ひけれ
思ひ入りて幾秋かきつ真鳥すむうなての杜に類ふもみぢ葉
本歌 ながらへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき
憂きをしのびながらへて見よ葛の葉のうらみ盡せばなどか戀しき
たま桂戀しかるまじ雲の上を振り延へさゆる秋の夜長かな
ながらへで世にやかたみと置きしかはまこと無きこそながらへましかば
本歌 夜もすがら物思ふころは明けやらで閨のひまさへつれなかりけり
思ひ人が
臥して待つむら雲の
明けぬ間をひと方にやは思ゆべき臥しも寝覚めも果つる夜すがら
本歌 なげけとて月やは物を思いはするかこち顔なるわが涙かな
似ぬそでに月な宿りそむかしのみ人をしのぶの陰ぞ優しき
かこつとて問ふ月も憂し甲斐なくは覚ますをりさへまづ嘆かるる
あらましの濡れぬ仲やは見せ顔に背く涙をゆめ
本歌 村雨の露もまだひぬ槙の葉に霧たちのぼる秋の夕暮
秋風は吹きやたまらぬ暮るる間の
霧の門に秋は夕べのいづれこそ槙たつ峰を先立てましか
山あらしよも真木柱えやは引かむ乾ずとも散らふ露の玉垣
本歌 難波江の葦のかりねの一よゆゑ身をつくしてや恋ひわたるべき
おし照るや難波江夏の夕なぎに渡す逢瀬の舫ひ解かずは
水脈つ串わたる夜ごとに明かしかねて仮寝ならでや波も待つべき
本歌 玉のをよ絶えなばたえねながらへば忍ぶることの弱りもぞする
ながらへよさらばこそ振れ玉ちはふ神も緒絶えの鈴聞かましか
絶ゆといへば音づれたえて四つの緒の繰らぬ爪奏きすゑしのばるる
濡れ明かす
本歌 見せばやな雄島のあまの袖だにも濡れにぞ濡れし色はかはらず
難波女や袖をみるめの潮垂れて濡れだに干さじ涙なりせば
をちかへるあらまし事の夢ならで見せばや闇のうつつばかりを
幾夜あま誰が戀ひしらにいさりせんあふさきるさの袖はしぼりつ
本歌 きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む
音やほそき浅茅が下のきりぎりす枯れし旅寝の霜遅るると
霧をいたみ明けまく誰か憂きならん寝ずはかたしく月冴えてけり
おく霜の朝待つ立ち
本歌 わが袖は潮ひにみえぬ沖の石の人こそしらねかはくまもなし
葦しげく水伝ふ磯の捨て小舟朽ちこそ果てねうけむかたなし
沖つ国千尋に深き岩根まで汐ひ尽きなば誰が御魂呼ぶ
ひとも見えぬ軒のつれづれさりとては名残うつろへ袖かはくまに
本歌 世の中は常にもがもな渚こぐ海人の小舟の綱手かなしも
帆桁折れかぢの向きさへままならで
水脈つ串潮路の八百会さを並めて船舳傾くいざ漕ぎ出でな
眺むればわたつみ常世有りを難み浮木もがもな八十の泊まりに
本歌 みよし野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒く衣うつなり
四方山のをち里人は庭も
行くと来と山風さむみ小夜衣うちわびて誰かみ吉野の秋
朝な朝な片敷く床にさむしろやおき添ふ日數の露おもるなり
本歌 おほけなくうき世の民におほふかな我が立つ杣に墨染の袖
主やたれ九重匂ふむらさきの花染め衣えこそ包まね
さる方ぞくらゐにし負はぬ墨染のころも裁たねどうき世捨てしは
神ならで根引き
本歌 花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり
あきたらずふりも誘はぬ雪がてに散り交ひむせぶ風のをちかた
玉鉾の道ふりしけば夕嵐こえで消ぬべみ疾く暮れななむ
おなじくは香におとろへつ行く春のなごりも過ぎし花とこそ見れ
本歌 風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける
夏雲をあつめてさらぬだにそよぐ賀茂の御手洗川の暮れゆく
篝火にいかづち覆ふ夕立は
本歌 人も惜しひとも恨めしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は
われのみに問ふ睦語りあらでこそ憂きこと世をも人伝てに恨め
御霊降る得ずや果敢なき御影供に名残り消たじと過ぎまくも惜し
あぢきなし物な思ひそ居士大姉つひの臥し
未詠の分は順次埋めて行きます